« 2013年3月 | トップページ | 2016年8月 »

2015年8月

2015/08/11

ラブにお花が届けられました

今日は休日。
やることはたくさんあるはずなのに、だらだらと過ごしていました。
マーチは最近のお気に入りの場所、窓辺の段ボールの上でスヤスヤおねむです。
カメラを向けると起きてしまいました。

Cimg2049

つまんないなーのマーチ
おかあちゃんとふたりぐらし中



夕方、ラブにお花が届きました。
素敵な綺麗な花たち、驚いてしまいました。
贈り主のUさんは、ラブが河原で暮らしていた頃から面倒を見てくださっていた方で、
わたしとラブがお見合いした時、ラブはUさん宅で保護されていたのでした。
マーチも富士子もお世話になったのです。
お礼を言うのはわたしのはずなのに…
本当にありがとうございました。

Cimg2059

Uさんのお家でラブに初めて会いました。
可愛らしかったです。
温厚そうな丸い印象がありました。
昨日のことのようにはっきりと憶えています。
あれから12年あまり。
ねえ、ラブや。
懐かしいね。

Lovelove

1年くらいしてからのラブ
よく食べよく遊びよく寝ていたにゃ byラブ







| | コメント (0)

2015/08/07

ラブがいない夏

便りがないのは元気な証し。
拙ねこねこ日記も10年くらいになりますが、更新もままならない状態でしたが、
ずっとそんなかんじできたのに。

わたしの愛するラブが、あの可愛いラブたんが、天国に行ってしまいました。
6月30日午後5時26分…


013s

ずっと元気だったのに。マーチとドタドタ走り回っていたのに。

5月に手足が硬縮してしまうような発作を起こすようになり、発作がなくなり
安心したのもつかの間、今度は食欲が落ちてそのうちに飲まず食わずに
なってしまいました。

Dsc_0576
5/11発作のあとのラブ まだふっくらしてました


5月下旬。
栄養失調も脱水も怖く、A/D缶、ロイヤルカナン退院サポートなど栄養価の高い猫缶と
シリンジを求め、強制給餌を始めました。
はじめの頃ラブは嫌がりわたしも身体が震えて、辛く悩む時期がありました。
そんな時、このひと口が明日への希望といって励まして下さったのは、ラブ河原
時代の恩人のひよしまるくんです。
わたしはこれを「いのちのごはん」と心して、毎回ラブを励まし励まし続けました。
いつだって束縛強制を拒んだラブでしたが、「いのちのごはん」を吐いたり戻したり
したことが一度もなくて、ごくんごくんと飲み込んでくれるのでした。
それは今思い出しても健気なくらいで、本当にラブはお利口さんだったと思います。

Cimg1948
5月 瞳輝いています


日向ぼっこもしなくなりソファやベッドの下で過ごすことが多くなりました。
仕事に行く前に、ラブちゃん自分でごはん食べてトイレにも行くんだよ、
と声をかけると尻尾をポンポンさせて返事してくれましたが、帰宅すると
ラブは動いた気配がありません。
ラブを促してトイレはよく一緒に行きました。トイレまでの数㍍、私の横を
歩きながら時折立ち止まってはわたしを見上げニャーニャー鳴いては
おかあちゃん見てて、といいました。わたしはよろけながらトイレに入る
ラブを励まし褒めながら、しっかりしろ!と自分を奮い立たせていました。

Dsc_0619
6月 おかあちゃんの枕で
かなり痩せてきて自力でベッドやソファに上がれなくなりました


病院行き、というよりもキャリーに入ることを強く拒んできたラブ。
やっと病院に行けたのは6月になってからでした。
血液検査の結果は特に異常がなく、心配していた腎不全も脱水も起こして
おらず甲状腺にも異常なし、ただしひどい貧血があるとのことでした。
そうしてレントゲン検査で胸部に影があることがわかりました。
呼吸が早く心音に雑音があり、その原因は腫瘍ではないかと。
肺か心臓か乳腺か、MRI検査でないと詳しい結果が出ないとのことでしたが、
それには全身麻酔しかなく、ラブはそれに耐えられる体力がないと判断して
それ以上の検査はしないことにしたのです。
ラブの体重は5㎏前後ありましたが、このころは2㎏くらいに激減していました。
治療はステロイドと抗生剤の投与、腫瘍に効くらしいキノコのエキスなど。


ラブは病院の診察台の上で暴れたりはしなかったけれど、わたしの腕に顔を
押し付けて身動きひとつしませんでした。本当にかわいそうでした。
先生とわたしの会話を聞いてすべて理解していたと思っています。
ステロイドの効果か自分からごはんを食べ水を飲み、その頃わが家に来て
いたわたしの母とわたしを喜ばせてくれました。しかしそれでも日に日に
体力は衰えて歩くのもやっとの状態になりました。
ラブちゃんが血のおしっこをしている、と夜中に母に起こされた時、
ラブに駆け寄るとラブは何度もトイレに入ろうとしていました。
ペットシーツの上には決してしませんでした。
母は「ラブちゃんは頑張り屋さんだな」と言って泣いていました。

Dsc_0629
6/20 玄関がお気に入りの場所


いま、ラブが亡くなるまでの数日間を振り返ってみると、
ラブの真の姿が見えてきます。
そこには富士子を追いかけ回しやっつけておかあちゃんを
困らせたラブはもういません。



013s

6/28(日)晴れ
夜になっても玄関マットにいるので、座布団敷いて夜通しラブに添い寝しました。
夜中にふらつきながらお風呂場に水を飲みに行きました。段差15㎝くらいが
登れずに水が入った桶をこちらに持ってくると美味しそうにたくさん水を飲みました。
それから朝までお互いの顔が見える場所で横になり、ラブたん嬉しそうでした。



013s

6/29(月)晴れ 仕事公休日。
午前中病院へ。ステロイド投与し帰宅しましたが食欲はないみたいでした。
ずっとソファ下に寝ていたけれどトイレには行こうとするので抱っこして何度か
連れて行きました。綺麗な色のおしっこが出ました。トイレの中で横になって
しまうほど消耗していますがペットシーツにはしません。
もう強制給餌はしていなかったけれど指先にごはんを取り与えるとぺろぺろと
舐めてくれました。
夜は少し冷えるので、玄関先にいたラブをソファ下に連れて行き、この夜もラブの
隣で添い寝しました。

 おかあさんね、ラブに初めて会った日のこと憶えているよ
 今日までほんとたのしかったね
 おかあさん、ラブのことだーいすき
 またあおうね

本来こんなこと言うべきじゃないのかもしれない、だけどわたしとラブの間では
我慢や隠し事はなしになっていました。なので自然と口をついて出てしまうのです。
そうしていつの間にかわたしは寝入ってしまったようですが、夜中にトイレに
起きた母は、ラブとわたしが手をつないで寝ているのを見て涙が出たそうです。



013s

6/30(火)くもり 仕事公休日
この日は都内の病院で母の診察があり付き添いも一日がかりの予定でしたが、
ラブがもう歩けなくなっていたのでとりあえず病院まで送り届け、わたしはとんぼ
返りすることにしました。
ラブは朝トイレに行ってから玄関マットの上で気持ちよさそうにしていました。
出かける時、おかあちゃんすぐに帰ってくるからここにいるのよ、というとラブは
尻尾をぽんと振りました。歩けない状態で動き回りそこいらで転倒し怪我でも
されたら、と思っていました。正確に言うともう立つこともできなくなっていました。
神経が侵されているかもしれない、とは昨日の先生の診断でした。
それでもラブはトイレや水飲みに行こうとするのです。

昼前に帰宅するとラブは玄関マットに横になり静かにしていました。
ごはんを指先に取ってあげると5口ほど飲み込みました。
そうそうその調子だよラブ。

そういえばこのごろはラブたん、毛づくろいしてないねぇ。
おしっこの跡が残っているのを見て、拭きながらブラシもかけました。
ゆっくりゆっくりブラッシング。ラブは気持ちよさそうにしていました。
ふと見るとラブの眼元が光っており、そっと触れるとそれは涙でした。

 ラブちゃん、泣いているの?
 泣かないで
 ラブが泣くとおかあさんも泣いちゃうよ
 おかあさん、弱虫だから、泣き虫だから

そこまで言ってもうこらえることができませんでした。
声を上げてわたしは泣きました。
ラブも泣いていました。
だけど、このあとでラブが亡くなるなんて夢にも思っていませんでした。

夕方近くに母が帰ってきました。病院の付き添いを一人でしてくれた義姉も一緒
でした。テレビを見ながら3人で笑った時のこと、ラブが大きな声で鳴いてわたしを
呼んだのです。ラブちゃん、やきもち焼いてる。といってラブのところに飛んで行くと
ラブは1秒で駆け付けたわたしに満足しているようでした。
義姉は帰る時にラブに何やら話しかけて「あら、ラブちゃん可愛いお顔して」と
言っていたとおり、本当にラブは天使のような表情でした。
義姉をバス停まで送りに行った数分の間、母はラブにいろいろ話しかけたそうです。
そしたらラブは涙を流して尻尾を振っていたと、また泣いていました。
ラブちゃんは本当いい子だなぁ。って。

翌日からわたしは仕事です。
夜にはまたラブに付き添うつもりでいたので、母に任せて少し休むことにしました。
布団に横になってうつらうつらした時、ラブがか細い声でわたしを呼びました。
飛んでいくと、トイレに行くといって立とうとしていました。もう立てないのに。
抱っこしてラブをトイレに入れそのまま用を済ませました。
今度も綺麗なおしっこでした。
少し安心してわたしはまた横になりました。
するとまたラブがわたしを呼ぶのです。
ラブの声ならどんな小さくてもわたしには届いて来るのでした。

その時なんとなくラブがお別れをいいそうな気がしました。
もうずっとずっとそばにいようと思いました。

それからほどなく、呼吸が苦しそうになって、小さな声で何度も鳴いて、
ラブちゃん、天国に旅立とうとしていました。
 ラブ、おかあさんをおいていかないで。
…わたしの体から力が抜けて真っ白になりかけた時、
ラブの小さな体がふたたび動いて、最期に両方の前足をこねこねしたのです。
どんなにかまだまだ甘えたかっただろうと思います。
 ラブ!
 ラブちゃん!
大きな声で呼びました。
天国に向かうラブに聴こえますように。
おかあちゃんの声がラブに届きますように。



2015年6月30日 午後5時26分
 ラブ 天国へ   享年17歳

Cimg2028
花をたくさん買ってきて、母と一緒にラブのまわりに添えました。


ラブがわたしの前からいなくなるなんて、考えただけで恐ろしかったです。
その現実が今目の前にありました。
可愛いお顔、きれいな毛並み。
医学の本で調べても、どの病状も当てはまらないくらいです。
腹水も胸水もない、目ヤニや鼻水もなく、口内炎もなかった。
ただただやせ細り、おでぶさんの面影だけがなかったです。


013s


ラブがいなくなって1か月以上が過ぎました。
初めの10日くらい、私の視界の端っこにささっと動くものがよく現れて、
わたしは自分がオカシクなってしまったのかと思いました。
でも今はもう現れないし、あれはラブだったとわたしは思うのです。
 もっともっと一緒にいたかった
ラブもきっとそう思っているんじゃないかな。ねえラブ。


わたしのところにやって来て12年と2か月あまり。
本当に楽しかったです。
わたしの心の中を見透かすようにいつもアンテナ張っていたふしがあります。
何があってもわたしの強い味方でした。
唯一無二の存在でしたよ。
本当にありがとうね、ラブ。
また会おうね。


Boo1
天真爛漫のラブ 2009年



013s


元気だったころのラブの画像を見るのはまだ辛いです。
日記の閉鎖も考えたのですが、ラブとのことを追々書いていきたい想いも
ありますし、何と言ってもマーチがまだまだ元気にしていますから。


Cimg1977
ひとりになったマーチ
よく鳴いてます

ラブと共に暮らした12年あまり、本当に楽しかったね
その分さみしいね、いま

| | コメント (2)

« 2013年3月 | トップページ | 2016年8月 »